▶ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 作品19—苦悩からの復活、情熱と叙情

チェロ
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ラフマニノフチェロ・ソナタ ト短調 作品19—苦悩からの復活、情熱と叙情

セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)のチェロ・ソナタ ト短調 作品19は、

ロシア・ロマン派音楽の金字塔の一つとして、チェロ奏者、そして聴衆に深く愛され続けている作品です。

このソナタは、単なる美しい旋律の集合体ではなく、

作曲家自身の人生における大きな転換期と、ロシア音楽特有の深い抒情性が結晶化した、魂の記録とも言える傑作なのです。

この壮大な作品の魅力、時代背景、そして「誰の演奏が魅力的か」という熱い話題について、最新の情報も交えながらご紹介しましょう。

 

時代背景:どん底からの復活、愛と創造の絶頂期

ラフマニノフがこのチェロ・ソナタを完成させたのは、1901年。

これは彼の人生において、非常に重要な「復活」の時期にあたります。

 

絶望とスランプの時代

彼の創作活動は、国外亡命(1917年)を境に大きく二分されますが、このソナタはそれ以前の、「ロシア時代」の作品です。

彼は1897年の交響曲第1番の初演が批評家から酷評され、作曲家としての自信を完全に喪失し、約3年間という長いスランプに陥ります。

これは彼のキャリアにおける最大の危機であり、憂鬱と絶望に苛まれる日々でした。

 

ピアノ協奏曲第2番とソナタの誕生

この極度のスランプを脱するきっかけとなったのが、精神科医ダーリ博士による催眠療法でした。

そして、その治療が功を奏し、1901年に完成させたのが、今や世界中で愛されるピアノ協奏曲第2番です。

この協奏曲の大成功によって、ラフマニノフは作曲家としての自信と情熱を取り戻しました。

そして、チェロ・ソナタ作品19は、まさにそのピアノ協奏曲第2番の直後に書かれた作品なのです。

彼の創作力が最も充実し、生命力に満ち溢れていた時期、

らに翌年の春には、長年の恋人であったナターリア・サーチナと結婚を控えていました。

このソナタは、

苦悩からの解放、自信の回復、そして愛という人生の最も幸福で充実した時期に生み出された、
「魂の旅路」を描いたかのような作品と言えます。

初演は1901年12月2日、献呈相手であるチェロ奏者アナトリー・ブランドゥコフと、作曲家自身のピアノによって行われました。

この曲が「ピアノとチェロのためのソナタ」ではなく、あくまで「チェロ・ソナタ」と銘打たれているにもかかわらず、

ピアノパートが極めて充実し、チェロと対等、あるいはそれ以上の存在感を放っているのは、

彼自身が最高のピアニストであったことに由来します。

 

音楽的特徴:ロシア・ピアニズムと抒情性の極致

情熱と繊細さ、力強さが同居するこのソナタは、全4楽章からなり、

特に第3楽章のアンダンテは、彼の「ヴォカリーズ」に準ずる扱いをされるほどの、ラフマニノフの抒情性の一つの極致と評される白眉です。

息の長い、深く憂愁を帯びた旋律美は、ロシア・ロマン派の魅力が凝縮されています。

 

誰の演奏が魅力的か?——「名盤」と「最新盤」の狭間で

ラフマニノフのチェロ・ソナタは、その深い感情表現とテクニカルな要求の高さから、

チェリストたちにとって非常に重要なレパートリーであり、古今東西、数多くの名演が残されています。

ここでは、伝統的な「名盤」から、2020年代にリリースされた「最新の話題盤」まで、具体的な演奏家の魅力に迫ってみましょう。

 

時代を超えた「伝説の名盤」

長年にわたり、この曲の「決定盤」として君臨してきた演奏があります。それは、ロシアの伝統が色濃く反映されたものです。

 

ダニイル・シャフラン(Vc)&フェリックス・ゴトリーブ(Pf)

   (1979年録音)

ロシア・チェロの巨匠シャフランの演奏は、聴くものを打ちのめすほどの「とてつもない演奏」と評されます。

朗々として力強く、重心の低い音色と、歌うところは思い切り歌い上げる情熱的な表現は、

まさにロシアの広大な大地を思わせる凄みがあります。

彼の演奏は、この曲の魂を最も深く抉り出している、と言うファンも少なくありません。

 

ヨーヨー・マ(Vc)&エマニュエル・アックス(Pf)

   (1990年録音)

CD時代の代表盤の一つとして、非常にポピュラーな録音です。

ヨーヨー・マ特有の高音の美しい音色と、絶品と言える節回しが魅力。

第1楽章の諦念の美しさや、第3楽章でピアノを受けて歌い出す際の陰影の濃さは、空前絶後の素晴らしさだと熱烈に支持されています。

そのエレガンスと深さが、多くのリスナーを魅了してきました。

 

リン・ハレル(Vc)&ヴラディーミル・アシュケナージ(Pf)

   (1984年録音)

こちらは、ピアニストのアシュケナージが非常に目立っており、

特に第3楽章冒頭のピアノ・モノローグの美しさは「最右翼の盤」とされるほど。

チェロのハレルも丁寧に、ロマンティックに音楽を紡ぎ、チェロとピアノのバランスの妙が際立っています。

 

2020年代の「最新の話題盤」

近年も、若手・中堅の実力派チェリストたちによって、このソナタの新しい解釈が次々と生み出されています。

宮田大(Vc)&ジュリアン・ジェルネ(Pf)

   (2022年10月リリース)

日本を代表するチェリスト、宮田大が「最も好きなチェロ・ソナタ」と語り、満を持してリリースしたアルバムです。

このソナタを、自身のキャリアの節目節目で演奏してきたという彼が、

10年来信頼を寄せるピアニスト、ジェルネと共演。

ラフマニノフならではの旋律美とスケールの大きさを、深い憂愁と感情の起伏を余すところなく表現した、心に染みる名演を展開しています。

日本人による最新の名盤として、ぜひ注目したい一枚です。

 

横坂源(Vc)&沼沢淑音(Pf)

   (2024年11月リリース)

こちらは、R.シュトラウスのソナタとカップリングされた意欲的な最新盤。

若くして国内外で活躍する横坂源の、音楽と極限まで向き合うあくなき探究心が感じられる演奏です。

沼沢淑音のピアノと共に、このラフマニノフ作品に、彼ら独自の、明確で知的な、それでいて情熱的な表現を吹き込んでいます。

 

 マリー=エリザベート・ヘッカー(Vc)&マルティン・ヘルムヒェン(Pf)

   (2025年6月リリース)

海外の批評でも高い評価を受けているデュオで、ショスタコーヴィチのソナタなどとカップリングされています。

彼らの演奏は、最初からユニークに結びついた音楽づくりが特徴で、

このラフマニノフのソナタに対しても、過度な感情の誇張を避けつつ、

その内奥にある優しく成熟したメランコリーを、暖かく抒情的に描き出していると期待されます。

 

まとめ:「誰の演奏が魅力的か」はあなたの心の耳で決まる

クラシック音楽において「名盤」は、一つの指標に過ぎません。

シャフランのような骨太で情熱的なロシアの魂に惹かれるか、

ヨーヨー・マのような洗練されたエレガンスと深さに心動かされるか、

あるいは宮田大や横坂源といった現代の演奏家が描き出す生々しい情感に共鳴するかは、

聴き手一人ひとりの好みや感性に委ねられています。

ぜひ、これらの情報を参考に、あなたの心に最も響く「チェロ・ソナタの極致」を見つけてみてください。

ラフマニノフのチェロ・ソナタは、作曲家の個人的な苦悩と復活の物語、

そしてロシア音楽が持つ最高の旋律美が詰まった、まさにロマン派最後の輝きを放つ傑作です。

時代背景を知ることで、作品に込められた情熱と叙情を、より深く味わうことができるでしょう。

この曲を聴くことは、1901年のロシア、絶望の淵から立ち直り、愛と創造の喜びに満ちた若きラフマニノフの魂に触れることに他なりません。

 

最後に

私が、チェロを始めた大学時代に「この曲いい!」と感じてすぐ買った想い出の「チェロ・ソナタ」CDです。

当時、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」が大好きで、この「チェロ・ソナタ」も好んで聴いていました。

リン・ハレル(Vc)&ヴラディーミル・アシュケナージ(Pf)のペアです。

今は亡きチェロのリン・ハレルが、流れる旋律をどこまでも美しく歌いあげ、

アシュケナージの息を呑むようなピアノは、当時から唯一無二と言われていました。

アシュケナージは、現在88歳です。

もう40年位前の出来事ですが、還暦を過ぎて今またマイブームとなり、YouTubeなどで繰り返し観て聴いています。

聴くたびに心を癒してくれますね。

以上、ご参考になれば幸いです。

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