▶ワムの名曲「ラストクリスマス」に秘められた想いなどを教えて!

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ワムの名曲「ラストクリスマス」に秘められた想いなどを教えて!

街中にきらびやかなイルミネーションが灯り、冷たい空気に鈴の音が響く季節になると、私たちは自然と「あのイントロ」を耳にすることになります。

イギリスのポップデュオ、ワム!(Wham!)が1984年に発表した永遠の冬のアンセム、『ラスト・クリスマス(Last Christmas)』。

発売から40年以上が経過した今なお、世界中で愛され、近年ではストリーミング配信の普及によって毎年のようにチャートの首位に返り咲くという異例の現象を起こしています。

しかし、この一見きらびやかでハッピーに聞こえるポップソングの裏側には、

美しくも切ない創作の孤独や、1980年代という激動の時代背景、そして歌い手であるジョージ・マイケルの生き様が深く刻まれていることをご存じでしょうか。

今回は、この名曲に秘められた真実の想いと、時代が織りなしたドラマについて、最新の視点を交えながらじっくりと紐解いていきましょう。

 

クリスマスソングなのに「クリスマス」の歌ではない?

まず、多くの人が誤解しがちなのが歌詞の内容です。

タイトルに「クリスマス」と入っているため、ロマンチックな聖夜の定番曲だと思われがちですが、

実はこの曲、中身を開けてみると「こっぴどい失恋と未練」を歌った泥臭いまでの人間ドラマなのです。

歌詞の核心はこうです。

「去年のクリスマス、僕は君に心を捧げた。だけど翌日、君はそれをあっさりと捨ててしまった。今年は涙を流さないために、本当に特別な誰かにこの心をあげるんだ」

そう、クリスマスというイベントそのものを祝っているのではなく、「去年のクリスマスという、1年で最も特別な日に起きた裏切り」を回想しているに過ぎません。

さらに切ないのは、後半の歌詞で

「もし今、君にキスされたら、僕はまた騙されてしまうかもしれない」

と、強がりの中に消せない未練を覗かせている点です。

この「ウキウキするような明るいテンポのメロディ」と、「胸を締め付けられるような悲しい失恋の歌詞」の強烈なギャップこそが、

リスナーの感情を揺さぶり、何十年経っても色褪せない最大の魅力となっています。

 

聖夜に隠された「完全なる孤独」のレコーディング

ワム!といえば、フロントマンのジョージ・マイケルと、端正なルックスでファンを魅了したアンドリュー・リッジリーの2人組として知られています。

ミュージックビデオ(MV)でも、雪山のコテージで仲間たちと楽しそうに過ごす2人の姿が印象的です。

しかし、実際の楽曲制作の現場は、その華やかなイメージとは真逆の「極限の孤独」の中にありました。

この曲は1984年の2月、ジョージが実家にあるかつての子供部屋で、突然メロディを思いついたことから始まります。

隣の部屋にいたアンドリューにその旋律を聴かせた瞬間、アンドリューは「音楽の錬金術が起きた」と直感したといいます。

その後、本格的な夏を迎えた8月、ロンドンのスタジオで録音が始まりました。

驚くべきことに、この録音現場には相棒のアンドリューの姿も、他の有能なスタジオミュージシャンたちの姿もありませんでした。

スタジオにいたのは、ジョージ・マイケルと、エンジニアのクリス・ポーター、そして2人の助手だけだったのです。

当時のジョージは、自身の音楽的ビジョンを完全にコントロールすることに執着していました。

彼は楽器の専門的な訓練を受けていませんでしたが、なんとシンセサイザー(Roland Juno-60)を指2〜3本でたどたどしく叩き、

ドラムマシン(LinnDrum)を打ち込み、おもちゃのソリの鈴を自ら振り、すべてのボーカルとコーラスを一人で重ねていきました。

真夏のスタジオにクリスマスツリーやイルミネーションを飾り付け、ムードを作りながら、ジョージはたった一人で「冬の奇跡」を編み上げていったのです。

実質的にこの曲は、ワム!の曲というよりも、21歳の天才ジョージ・マイケルによる「完全なるソロ・ワーク」でした。

 

1984年という時代背景:チャリティに消えた幻の「1位」

『ラスト・クリスマス』がリリースされた1984年という年は、ポップミュージックの歴史において、

そして世界の福祉の歴史において、極めて重要なターニングポイントとなった年でした。

当時、アフリカのエチオピアでは深刻な大飢饉が発生しており、その惨状を憂いたボブ・ゲルドフらの呼びかけによって、

英国のスターたちが集結したチャリティプロジェクト「バンド・エイド(Band Aid)」が結成されます。

そして、歴史的なチャリティソング『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?(Do They Know It’s Christmas?)』が制作されました。

実は、ジョージ・マイケルもこのバンド・エイドに参加し、ボーカルを執っていました。

つまり、1984年の12月、全英シングルチャートの頂点を争ったのは、ジョージ自身が参加する「バンド・エイド」と、

自身の渾身の作である「ワム!のラスト・クリスマス」という、身内同士の壮絶なデッドヒートだったのです。

結果として、バンド・エイドが1位を獲得し、『ラスト・クリスマス』は歴史的な大ヒットを記録しながらも「2位」に甘んじることになりました。

しかし、ここからがジョージの真骨頂です。

彼は『ラスト・クリスマス』から得られる全印税を、エチオピアの飢餓救済のために全額寄付することを即座に決定しました。

ポップスターとしての栄光を追い求めながらも、時代の要請と人道的な大義に寄り添ったジョージのこの決断は、楽曲にさらなる気高さという深みを与えることになったのです。

 

ミュージックビデオが今教えてくれる、ジョージの「もう一つの葛藤」

現代の視点からこの曲、そして同時期に公開されたミュージックビデオを見返すと、もう一つの切ない背景が浮かび上がってきます。

それは、ジョージ・マイケルの「セクシャリティ(性的指向)を隠さざるを得なかった葛藤」です。

きらめく雪景色の中、親しい友人たちと笑顔で過ごすクリスマスの休暇。

そこには、アンドリューの現在の恋人として現れた「去年の恋人(女性)」を、複雑な眼差しで見つめるジョージの姿が描かれています。

当時の社会は、現在ほどLGBTQ+に対して寛容ではありませんでした。

ティーンの熱狂的なアイドルとして売り出されていたジョージは、自身がゲイであることを公にできず、

世間が求める「理想的なストレートの若者」を演じ続けなければならないという、深い精神的パズルの中にいました。

「誰にも言えない秘密の恋」「社会に認められない関係」「本当の自分を隠したまま、きらびやかな世界の中心で孤独を感じる姿」。

これらを念頭に置いてもう一度歌詞やMVに触れると、彼が紡いだ「誰にも届かない、拒絶された愛」というテーマが、

単なる男女の失恋劇を超えた、彼の人生そのものの叫びであったように思えてならないのです。

 

40年の時を超えて、世界が「ワムられた」日

英国音楽界には、近年おもしろい現象があります。

毎年12月になると、SNSを中心に「ワムアゲドン(Whamageddon)」というサバイバルゲームが世界中で流行するのです。

ルールはシンプルで、「12月1日からクリスマスまでの間、ワム!のオリジナル版『ラスト・クリスマス』を一度も耳にせずに過ごせたら勝ち」というもの。

街のショップやラジオ、テレビから容赦なく流れてくるこの曲をいかに避けるか、というジョージの遺した偉大な音楽の拡散力を逆手にとった遊びです。

ついうっかり街中で聴いてしまい、脱落することを海外では「ワムられた(Whammed!)」と表現します。

これほどまでに生活に密着し、愛されている曲は他にありません。

そして、1984年の発売当初、バンド・エイドによって阻まれた「全英チャート1位」の座ですが、

なんとリリースから36年が経過した2021年の元旦、ついに公式チャートで初の「1位」を獲得するという奇跡を起こしました。

さらにその勢いは衰えず、2024年のクリスマスシーズンにも再び1位に輝くなど、ストリーミング時代の恩恵を受けて、

世界で最も聴かれるクリスマスソングとしての地位を不動のものにしています。

 

聖夜に響く、切なくも温かい遺産

2016年12月25日。世界中が『ラスト・クリスマス』を聴き、聖なる夜を祝っていたその日、

ジョージ・マイケルは53歳という若さで、静かにこの世を去りました。

文字通り、彼にとっての「ラスト・クリスマス」となってしまったのです。

彼が亡くなった後も、この曲がもたらす膨大な印税や権利収入は、彼の遺志を継いだ遺産管理団体によって、

子供たちの支援や医療、困窮者へのチャリティなど、多くの慈善活動へと寄付され続けています。

まばゆいほどのポップセンスの裏に隠された、徹底的な孤独、時代の波、そして表現者としての葛藤。

私たちが毎年、何気なく耳にするあの切ないメロディは、ジョージ・マイケルという一人の天才が、

自らの孤独を世界中の人々の「癒やし」へと昇華させた、最高のクリスマスプレゼントなのかもしれません。

次にこの曲が街に流れるときは、ぜひ彼の繊細な魂の響きに、静かに耳を傾けてみてください。

以上、ご参考になれば幸いです。

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