音楽の秋、あるいは新しいプレイリストを探している時、ふと「今、世界で本当に聴くべきチェリストって誰だろう?」と思うことはありませんか?
チェロという楽器は、人間の男性の歌声に最も近い音域を持つと言われ、その深く温かい響きは私たちの心に直接染み込んできます。
かつてはパブロ・カザルスやムスティスラフ・ロストロポーヴィチといった伝説的な巨匠たちが時代を築いてきましたが、
現在のクラシック界にも彼らに負けない強烈な個性と圧倒的な技術を持った名手たちがひしめき合っています。
クラシックの枠を軽々と飛び越えるリビングレジェンドから、現代の王道を突き進むスター、そしてこれからの音楽界を牽引する若き天才まで。
今回は「現代最高のチェリスト」と評される5人を厳選し、彼らの最新の活動や音楽性、そしてなぜ彼らが選ばれるのかをたっぷり熱量を持ってお届けします。
1. ヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)〜ジャンルを越え世界を繋ぐ、生ける伝説〜
現代のチェロ界、ひいては全音楽界を見渡しても、ヨーヨー・マほど知名度と影響力を兼ね備えた存在はいません。
1950年代生まれの彼は、まさに現代を代表する「リビングレジェンド(生ける伝説)」です。
彼の最大の魅力は、クラシックというジャンルの境界線を全く感じさせないその圧倒的な柔軟性と包容力にあります。
バッハの「無伴奏チェロ組曲」の金字塔的な録音はもちろんのこと、
シルクロード・アンサンブルを立ち上げて世界の民族音楽を融合させたり、ジャズやボサノヴァ、映画音楽(『グリーン・デスティニー』など)まで、彼の手にかかればあらゆる音楽が「ヨーヨー・マの歌」に昇華されます。
近年でもその精力的な姿勢は全く衰えていません。
世界各地の自然豊かな場所や歴史的アプローチの必要な場所で演奏を行うなど、地球規模の課題や人類の融和をテーマにしたプロジェクトを継続しています。
彼の奏でる音は、信じられないほどあたたかく、人間味に溢れており、一音聴いただけで「あ、ヨーヨー・マだ」とわかる独自の音色を持っています。
テクニックを超越したところにある、聴き手の孤独にそっと寄り添うような音楽性は、間違いなく現代最高峰です。
2. ミッシャ・マイスキー(Mischa Maisky)〜情熱のロマンティシズムを燃やす最後の巨匠〜
もしあなたが「魂を揺さぶるような、ドラマチックで熱いチェロが聴きたい!」と思うなら、ミッシャ・マイスキー以上の選択肢はありません。
ロシア(現ラトビア)出身の彼は、20世紀の二大巨匠であるロストロポーヴィチとピアティゴルスキーの双方に師事したという、唯一無二の経歴を持つレジェンドです。
マイスキーの演奏スタイルは、とにかく「濃厚なロマンティシズム」の一言に尽きます。
現代の多くの演奏家が楽譜に忠実で客観的なアプローチをとるのに対し、マイスキーは自身の感情をこれでもかと音にぶつけます。
大きく深く波打つような独自のヴィブラート(弦を震わせる技法)や、ささやき声から地鳴りのような爆音まで変化するダイナミックレンジの広さは、一度聴くと病みつきになる中毒性があります。
トレードマークである華やかな衣装を身にまとい、ステージ上でチェロと一体となって身をよじるように弾く姿は、まさにロックスターのようなオーラを放ちます。
御年70代後半を迎えた現在も世界中で現役としてツアーを続けており、その情熱の炎は消えるどころか、年々深みを増しています。
古典的な美学を守りつつも、誰にも真似できない強烈な個性を放ち続ける、現代クラシック界の宝と言える存在です。
3. ゴーティエ・カピュソン(Gautier Capuçon)〜洗練された美音を誇るフランスの至宝〜
現代の王道クラシックシーンにおいて、最も華やかにセンターを走っているスターチェリストが、フランス出身のゴーティエ・カピュソンです。
カピュソンの武器は、非の打ち所がない完璧なテクニックとしなやかで気品に満ちた「極上の美音」です。
フランスのエスプリを感じさせるその音色は、どこまでもクリアでエレガント。
世界中の主要オーケストラや指揮者から絶大な信頼を寄せられており、コンチェルト(協奏曲)のソリストとしての出演依頼が引きも切りません。
彼の活動で特筆すべきは、クラシックの伝統を守りながらも、常に新しい聴衆を開拓しようとするアプローチです。
近年では自然界への敬意を込めたアルバム『Gaïa(ガイア)』をリリースし、クラシックの枠に留まらず、エディット・ピアフなどのシャンソンから映画音楽、ポップスまでを独自の美しいアレンジで披露しています。
名門レーベル(Erato/Warner Classics)の看板アーティストとして次々と話題作を発表する傍ら、若手チェリストの育成にも力を注いでおり、
自身が主宰するマスタークラスの教え子たち(カプチェッリ)との共演ステージを世界各国で展開するなど、チェロ界全体の底上げにも大きく貢献しています。
現代の「チェロのアイコン」として、今まさに全盛期を迎えているマスターピースです。
4. スティーヴン・イッサーリス(Steven Isserlis)〜ガット弦が紡ぐ内省的で深い知性〜
ここまでに紹介したスターたちとは少し異なる、極めてユニークかつ深い音楽性で世界中からリスペクトされているのが、イギリスの名手スティーヴン・イッサーリスです。
彼の最大の特徴は、現代の主流である金属弦ではなく、羊の腸を素材にした伝統的な「ガット弦」を頑なに愛用している点にあります。
ガット弦は、金属弦に比べて音量を大きく出すのが難しく、調弦も不安定になりやすいという扱いが非常に難しい弦です。
しかし、イッサーリスがその愛器(ストラディヴァリウス)から引き出す音は、信じられないほどまろやかで、木が震えているような温かみがあり、何より圧倒的に内省的です。
まるでチェロが静かに哲学を語りかけてくるかのような、深い精神性を感じさせる響きが特徴です。
イッサーリスは、ただ演奏するだけでなく、音楽学者顔負けの深い楽曲研究を行う知性派としても知られています。
シューマンやバッハ、あるいは隠れた名曲の数々に新しい光を当て、独自の解釈で聴かせるアプローチは、耳の肥えたクラシックファンから絶賛され続けています。
大ホールを圧倒するような派手さではなく、音楽そのものの本質をじっくりと味あわせてくれる、現代において極めて貴重な「音楽家のなかの音楽家」です。
5. シェク・カネー=メイソン(Sheku Kanneh-Mason)〜新時代を牽引する若きカリスマ天才〜
最後に紹介するのは、これからのチェロ界の未来を担う若き天才、イギリス出身のシェク・カネー=メイソンです。
1999年生まれの彼は、現代の音楽シーンにおいて最も急速に世界的スターへと駆け上がったチェリストと言えます。
彼が世界中から注目を浴びるきっかけとなったのは、2016年にBBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーで、黒人ミュージシャンとして史上初めて優勝を飾ったことでした。
さらに、イギリスのハリー王子とメーガン妃のロイヤル・ウェディングでの御前演奏が世界中に生中継され、その瑞々しく情熱的な演奏は一晩にして何億人もの心を掴みました。
彼の演奏の魅力は、若い世代ならではのダイナミックで圧倒的な生命力にあります。
音楽が生き生きと脈打っており、聴いているこちらまでエネルギーが湧いてくるような瑞々しさがあります。
また、彼もクラシックの伝統的な名曲(エルガーの協奏曲など)で見事な深みを見せる一方で、
レゲエの神様ボブ・マーリーの楽曲をチェロアンサンブルにアレンジしてカバーするなど、自身のルーツを大切にしたモダンな活動を繰り広げています。
近年ではロンドンのロイヤル・アルバート・ホールやシドニー・オペラハウスといった、世界最高峰のステージでの単独・音楽祭ツアーを次々と成功させており、名実ともにトップチェリストとしての地位を確立しました。
これからの数十年、チェロ界の主役であり続けることは間違いありません。
結び:あなただけのお気に入りの「音」を見つけよう
いかがでしたでしょうか?一言に「現代最高のチェリスト」と言っても、そのアプローチや奏でる音色は驚くほど多様です。
- 世界を繋ぐ平和の象徴のようなヨーヨー・マ
- 魂の叫びを聴かせるマイスキー
- 洗練されたエレガンスを体現するカピュソン
- 伝統のガット弦で深い精神性を追求するイッサーリス
- 新時代の風を吹き込むカネー=メイソン。
彼らの演奏は、音楽配信サービスやYouTubeなどでも手軽に聴くことができます。
例えば、同じ「バッハの無伴奏チェロ組曲第1番の前奏曲(プレリュード)」という超有名曲を、この5人の演奏で聴き比べてみてください。弓が弦を擦るスピード、ビブラートの濃淡、フレーズの歌わせ方……驚くほど全く違う表情が見えてくるはずです。
その違いの中に、あなたの心にぴったりとフィットする「運命の音」が隠されているかもしれません。ぜひ、彼らの素晴らしい名演の世界に浸ってみてくださいね!
以上、ご参考になれば幸いです。
