「胃の検査をしたけれど異常が見つからない」「お腹の張りや痛みが続いているのに、原因がわからない」——そんな悩みを抱える方は少なくありません。
かつては「機能性消化管疾患(FGIDs: Functional Gastrointestinal Disorders)」と呼ばれていたこれらの不調は、
現在では「腸脳相関病(DGBI: Disorders of Gut-Brain Interaction)」という名称で国際的に統一され、その捉え方が大きく進化しています。
最新の国際的診断基準であるRome V(ローマ V)基準を中心に、腸脳相関病(DGBI)の全体像と具体的な診断基準、そして臨床における最新のアップデートを詳しくご紹介します。
「機能性」から「腸脳相関病(DGBI)」へのパラダイムシフト
長年使われてきた「機能性(Functional)」という言葉は、「器質的な(構造的な)病気がない」「気持ちの問題」といった誤解を生みやすいという課題がありました。
しかし近年の脳科学や消化器病学の研究により、これらの不調は決して「気の持ちよう」ではなく、
「腸と脳を結ぶ神経ネットワークの相互作用の乱れ」によって引き起こされる生化学的・生理学的な状態であることが明らかになりました。
DGBIの背景には、主に以下のような複合的要因が存在します。
消化管運動の異常
胃や腸の収縮・弛緩のバランスが崩れる。
内臓過敏
通常なら感じない程度の胃腸の動きやガス・酸の刺激を、神経が強い痛みや違和感として脳に伝えてしまう。
粘膜・免疫機能の変化
微細な炎症や腸管バリア機能の低下。
腸内細菌叢(マイクロバイオーム)のバランス崩れ
中枢神経系(脳)における情報処理の変化
ストレスや不安が腸の神経系にダイレクトに増幅されて届く
これらが複雑に絡み合うことで症状が現れるため、国際基準では正式に「DGBI(Disorders of Gut-Brain Interaction)」という名称が確立されました。
最新の国際診断基準「Rome V」の特徴と革新ポイント
DGBIの診断は、世界中のエキスパートが集うRome Foundation(ローマ財団)が制定する「Rome基準」に基づいて行われます。
従来のRome IVから発展した最新のRome V基準では、より臨床現場の実態に即した柔軟で包括的なアプローチが採用されています。
大きな変更・進化のポイントは以下の通りです。
1. 「臨床用基準」と「研究用基準」の二段階分離
前作のRome IVは基準が非常に厳格で、実際の診察室で「明らかに苦しんでいる患者さん」が基準から外れてしまうという問題がありました。
Rome Vでは、厳密な治験や臨床試験で使用する「研究用基準」と、実臨床で柔軟に診断・治療開始へつなげる「臨床用基準」が明確に分けられました。
2. 「不快感(Discomfort)」の再導入と症状頻度基準の見直し
過敏性腸症候群(IBS)の基準において、Rome IVで排除されていた「腹部不快感(痛みに至らない重苦しさやモヤモヤ感)」が再び評価項目として復活しました。
また、症状の頻度閾値が見直され、より早期に適切なアプローチが受けられるようになっています。
3. 中枢性感作(Central Sensitisation)の重視
IBSや機能性ディスペプシア(FD)といった消化器症状だけでなく、線維筋痛症、偏頭痛、慢性疲労などが合併しやすいメカニズムとして「中枢感作(神経のボリューム設定が高くなって痛みを過剰に感じる状態)」を病理の中心として位置づけました。
主なDGBI(腸脳相関病)の具体的な診断基準
Rome Vで定義されている代表的なDGBIの基準をご紹介します。
なお、すべての疾患に共通する大前提として、「内視鏡検査や血液検査などで、がんや炎症性腸疾患(IBD)などの器質的疾患が除外されていること」が必要です。
A. 機能性ディスペプシア(FD:Functional Dyspepsia)
胃のあたり(上腹部)を中心に不快な症状が続く疾患です。以下の2つのサブタイプに分けられます。
食後痛満感症候群(PDS)
一般的な量の食事をとった後に起こる「不快な食後の胃もたれ感」や、少し食べただけでお腹がいっぱいになってしまう「早期膨満感」が主症状。
上腹部痛症候群(EPS)
みぞおちのあたりに感じる「不快な痛み」や「焼けるような感覚(バーニング感)」が主症状。
食後に関わらず生じることがあります。
【時間的要件】
診断の少なくとも6ヶ月以上前から症状が始まり、直近の3ヶ月間において週に数回以上の頻度で症状が持続していることが目安となります。
B. 過敏性腸症候群(IBS:Irritable Bowel Syndrome)
主に大腸を中心に、排便に関連した腹痛や腹部不快感、便通異常(下痢・便秘)が続く疾患です。
【診断の核心となる基準】
最近3ヶ月間のうち、月に3日以上(※Rome Vでの改訂点)繰り返す腹痛または腹部不快感があり、以下の項目のうち2つ以上に関連していること。
- 排便に関連して症状が変化する(排便すると痛みが和らぐ、または強まる)
- 発症時に排便頻度の変化を伴う(便の回数が増える、または減る)
- 発症時に便の形状(外観)の変化を伴う(水様便・泥状便になる、または兎糞状・硬便になる)
【便形状によるタイプ分類】
ブリストル便形状スケールに基づき、「下痢型(IBS-D)」「便秘型(IBS-C)」「混合型(IBS-M)」「分類不能型(IBS-U)」の4つに分類して治療方針を決定します。
C. 慢性便秘症 / 機能性下痢症
腹痛を主症状とせず、純粋に便通の異常が長期間持続するタイプです。
慢性便秘症(Chronic Constipation)
Rome Vでは「機能性便秘」から「慢性便秘症」へ名称が更新されました。
強いいきみ、硬便、残便感、排便の頻度低下(週3回未満)などが持続する状態です。
機能性下痢症(Functional Diarrhea)
腹痛を伴わずに、ゆるい便や水様便が頻繁に出る状態です。
D. 機能性腹部膨満症(Functional Abdominal Bloating / Distension)
お腹が張る感覚(膨満感)や、実際に腹部が膨らむ現象が主症状であり、IBSの腹痛基準を満たさない場合(あるいは痛みが軽微な場合)に診断されます。
DGBIの診断における「アラームサイン(警告症状)」
DGBIの診断を下す上で最も重要なプロセスの一つが、背景に隠れている重大な病気を逃さないことです。
医師は以下の「アラームサイン」がないかを念入りに確認します。
- 50歳以上での新規の発症(大腸がんなどのリスク考慮)
- 意図しない急速な体重減少
- 血便や黒色便、消化管出血のサイン
- 夜間に目が覚めてしまうほどの激しい腹痛や下痢
- 発熱や持続する発疹
- 大腸がん、炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)、セリアック病などの家族歴
これらの症状が見られる場合は、DGBIの診断を進める前に、大腸カメラ(下部内視鏡検査)や胃カメラ(上部内視鏡検査)、CT検査、血液検査などを優先して行います。
アプローチの方向性:脳と腸の両面から整える
Rome V基準に基づくDGBIの考え方が普及したことで、治療の選択肢も大きく広がりました。
腸へのアプローチ
消化管運動改善薬、整腸剤(プロバイオティクス)、便形状調整薬、低FODMAP(フォドマップ)食などの食事療法。
脳・神経系へのアプローチ
内臓過敏を抑える微量の神経調節薬(中枢作用薬)、ストレス管理、認知行動療法(CBT)、マインドフルネスなど。
「検査で問題がないから大丈夫」で終わらせるのではなく、「脳と腸のシグナル伝達の乱れ(DGBI)」として正しく捉え直すことが、長引くお腹の不調を改善するための第一歩となります。
以上、ご参考になれば幸いです。
