病気やケガで休職中に「傷病手当金」を受け取っている方が、その後に「障害年金」の給付を受けることになった際、よく直面するのが返納の不安です。
「障害年金が通ったら、今までもらっていた傷病手当金を全額返納しなければいけないの?」
結論から申し上げますと、必ずしも全額を返納する必要はありません。
返納が必要になるかどうか、そして返納する金額がいくらになるかは、
および
によって決まります。
今回は、混同されやすい併給調整のルールから、実際の返納額の計算イメージ、そして「なぜ損をしない仕組みになっているのか」まで、具体的にわかりやすく解説していきます。
なぜ返納が発生するの?制度の基本的な仕組み
健康保険から支給される「傷病手当金」と、公的年金から支給される「障害年金(障害厚生年金など)」は、どちらも病気やケガによって働けなくなった期間の生活を保障するための制度です。
日本の社会保険制度では、
というルールが存在します。
これが「併給調整(へいきょうちょうせい)」と呼ばれる仕組みです。
両方の権利が得られた場合、法律上は障害年金の支給が優先されます。
しかし、障害年金の審査には半年から1年近くかかることも珍しくありません。
その間、当面の生活費として傷病手当金を先に受け取っているケースが大半です。
その後、無事に障害年金の受給が決まり、過去の申請日までさかのぼって年金が支給されると(遡及支給)、傷病手当金と障害年金を重複して受け取っていた期間が生じることになります。
この「重複した期間の調整」を行うために、後から傷病手当金の一部(場合によっては額面通り)を健康保険組合や協会けんぽへ返納する手続きが必要になるのです。
全額返納になるケース・一部返納で済むケース
返納額を決める大きなポイントは、「1日あたりの給付額(日額)」の比較です。
傷病手当金の日額は概ね「支給開始前12ヶ月間の平均標準報酬月額 ÷ 30日 × 3分の2」で計算されます。
一方で障害年金の日額は、「年間の障害年金支給総額(障害基礎年金+障害厚生年金+配偶者加給など) ÷ 360日」で換算します。
この2つの日額を比較したとき、パターンは大きく分けて3つに分かれます。
パターン1:傷病手当金の日額 > 障害年金の日額(一部返納)
会社の給与水準が高かったり、障害年金の等級が3級などであったりして、傷病手当金の日額のほうが障害年金の日額よりも高い場合です。
この場合、重複期間中の障害年金の日額相当分だけを返納します。
傷病手当金のうち「障害年金との差額分」はそのまま手元に残るため、全額返納にはなりません。
具体例を見てみましょう。
* 傷病手当金の日額:8,000円
* 障害年金の日額:5,000円
* 重複していた期間:100日
傷病手当金として受け取っていた80万円(8,000円 × 100日)のうち、差額の30万円は手元に残ります。
パターン2:障害年金の日額 ≧ 傷病手当金の日額(全額返納)
障害年金の額が非常に手厚い場合(1級や2級で加算が多いケースなど)や、元々の標準報酬月額が低めで傷病手当金の日額が抑えられている場合です。
障害年金の日額が傷病手当金の日額と同等、あるいはそれ以上になる場合、重複期間中に受け取っていた傷病手当金は全額返納となります。
ただし、ここが重要な点ですが、「傷病手当金を全額返納した」としても、それ以上の金額の障害年金が一括で振り込まれているため、手元のトータル資金がマイナスになることはありません。
パターン3:重複する期間がまったくない(返納なし)
傷病手当金を最長の通算1年6ヶ月間最後までもらい切り、支給が終わった「翌日」を障害認定日(または請求日)として障害年金を申請した場合です。
支給対象となる期間が1日も重なっていないため、併給調整は発生せず、返納もゼロとなります。
例外的に「両方満額」もらえる珍しいケース
原則として併給調整が行われますが、例外的に調整が行われず、傷病手当金と障害年金の両方を全額受け取れるケースが存在します。
支給の対象となる「病気やケガ」が全く別である場合
たとえば、「うつ病」で傷病手当金を受給している最中に、過去の「交通事故による足の障害」で障害年金を受給する場合などです。
病因が全く異なる場合は調整されません。
「障害基礎年金」のみを受給する場合
初診日に国民年金に加入していた方が受け取る「障害基礎年金」と、会社員時代に加入していた健康保険の「傷病手当金」は、原則として併給調整の対象外となります。
そのため、障害基礎年金のみであれば傷病手当金を減額・返納することなく両方受け取ることが可能です。
実務で焦らないための資金繰りとポイント
「何十万円もの返納通知が突然届いたらどうしよう」と不安に思われるかもしれませんが、実際の流れを知っておくと落ち着いて対処できます。
一括で入る年金から充当する
遡及請求が認められると、年金機構から数年分や数ヶ月分の障害年金が一括で指定口座に振り込まれます。
返納を求められる傷病手当金の金額は、この一括振り込みされた年金額よりも大きくなることは基本的になりません。
年金が振り込まれたら、返納通知が届くまでその資金を使わずに保管しておくのが安心です。
振込用紙が届いたら期限内に納付する
年金の決定後、健康保険組合や協会けんぽから返納金の納付書が届きます。
振込期限が設定されているため、保管しておいた年金の中から支払いを済ませます。
所得税の修正申告が必要になる場合がある
傷病手当金は非課税ですが、障害年金も非課税です。
ただし、過去の医療費控除や手当の受給状況によっては手続きが必要になる場合もありますので、念のため受給時に社労士や税務署、健康保険窓口へ確認しておくと確実です。
まとめ
「障害年金を貰うと今までの傷病手当金を全額返納しなければいけないのか?」という疑問に対する答えは、
「重複期間や給付日額のバランスによって異なり、一部返納で済むこともあれば、重複期間分が全額返納になることもある」となります。
しかし、どのケースであっても「返納させられて手元のお金が損をする(生活費が減ってしまう)」ということは制度構造上ありません。
基本的には障害年金という手厚い給付を受け取った結果として、重複分を精算しているだけだからです。
手続きや試算が複雑に思える場合は、一人で抱え込まずに、お近くの社会保険労務士や健康保険組合の窓口に相談しながら進めていくことをおすすめします。
以上、ご参考になれば幸いです。
